ポエム 荒地

荒地

季節はなくなりはじめていた。高層ビルが林
立するなかに、見えない荒地がわれわれの心
を侵蝕する。たとえばそれは車の排気音から
始まった。地階を歩く早朝の孤独な足音。そ
れともわれわれの盲目がひどくなったのか。
見えない密室に隠されてゆく老人や病人それ
に屍。しずかに配られる紙幣。暗渠に流れこ
む透明な汚水。避難民キャンプの薬物実験。
奪われる臓器。稚拙化する感情。短絡な行為。
建物が美しく見えるのみで、何も変わってい
ないこの地上。荒地。浮かびあがるほど軽く
なった老人の威厳と忘れられたおのれの死。


まるで何もなかったように一日が明けた。列
車が鼓動のように規則正しく走った。おれが
知っていた地球は急速に年老いた。世界が均
衡を取り戻そうと紙幣の密度を高めた。狂っ
たトラックが走り抜けていった。時間は歪ん
でいた。世界の柱は真直ぐに立っていなかっ
た。詩はいかにして屹立するのか。詩もまた
荒地にあった。あらたなる言葉の焦土。おの
れの内面を外部の物事に擬えてゆく。あえて
敷衍すると、詩の謀叛とは目立つことのない
その足もとの雑草のようなものだ。

言葉よ、野草のしなやかな屹立を模倣せよ。
誠実に言葉を伝えようとするとき、そこには
ゆたかな飲める水が零れおち、踏みしだく青
草はさらに青くなるのだ。直土にそって低く
葉をひろげて露霜にも耐えるのだ。言葉の羅
列だけが見える瀝青の道路のわきからも、地
上をうがつのだ。皮膚を切る具体的なカミソ
リ草の葉のように風にその葉を戦がせよ。青
くさい言葉におのれの血をにじませよ。そこ
に一本の川と川原石とを呼んで来い。そこで
寒さに耐える火を起こせ。その火に映りだす
顔たちのうちで穏やかに言葉を発せよ。あざ
やかに低くとよもす光を発せよ。