ポエム 烏原幻想

烏原幻想


水平にかかった物干し竿に雨粒がならび、余
分に雨水を受けたところから、水滴になって
地上へと垂れ落ちていった。


雨が降りだすすこしまえに、古い印象の鵯越
駅がおれの眼には、何故か赤く残っていた。
鄙びたその山中の駅付近におれは、まるで隠
者がこれから向かう、さらなる通過点のよう
な鉄錆びた明るさを感じとっていた。外から
見えるプラットホームには山を散策してきた
数人のひと。踏切を渡ったまわりに点在する
店のようなもの。


そこからさらに下って、烏原貯水池を通った。
藪椿の花がいくつか地に落ちているので、見
あげればまだ樹に残っている花。貯水池の碧
がわずかな風になびいて、水面の一部が黒く
撥ねているように見られた。


おれはこころの安寧を得た。鶯が啼いていた。
まえを歩いていたおまえがその声を口笛でま
ねると、また貯水池の向こう側から、応える
ように鶯が啼いた。空はわずかに曇り、そこ
を歩くおれたちにも少しばかりの翳りが感じ
られた。


おれは昨晩、西の空に月が出ていたのを思い
出しながら、盲目な猿の集団が、群れている
からこそ呆けて、様ざまな情報をいたずらに
展開しているのは何故かと考えていた。そこ
に悪意があろうとなかろうと、やはり集団に
なったことでの迷妄に支えられる猿の性を思
わずにはいられなかった。


いくつもの砕けた石の坂道を下りながら、足
もとへの注意を怠らず、それらすべてのこと
について、いくらか断片的な考えが浮かんで
は消えた。


おまえの早い脚に着いていくことに気を配り、
それらを考えること自体のおれの思いが断た
れて空虚になっているのが、はっきりと分か
った。


線香を生業にして暮らしたという、その線香
を練ったという臼が貯水池の堤防に埋められ
ている。それらの思いも貯水池の底になった
烏原の村のように、水没したと言い残される
だけの実体の摑めないわが妄想へと繋がって
いた。