ポエム 行程のゆくえ

行程のゆくえ


いつも通る舗道は、線路との境を明確にする
ために、洞窟をつららする白い水晶のかたち
をした石杭で区別される。鉄路が赤錆びて繋
がっていて、路石は鈍いあかがね色に染まっ
ているのが、おれの眼の高さに見える。ここ
にじっとしていると、列車がやって来て鉄路
を打ち鳴らし、おおきくカーヴして過ぎさっ
てゆく。


あの頃は雨のなかで運動靴を踏むたびに、そ
のなかより水と空気が音を鳴らしておれたち
は歩いた。高原にある湖を中心にして、トタ
ン板やダンボールで草滑りするだけでよかっ
た。そこへ行くまでにはいくつもの無人駅に
止まる列車に乗っていった。列車が来ると鉄
路の真中を歩いているひとびとが脇にゆっく
りとかたまって避けていった。


草を滑って雨に打たれても、おれたちはいっ
そうの生命力を輝かせていたものだ。そして
年寄り、病んで、死んでゆくすべての行程が、
揺るぎもなく素晴らしいものであることが自
覚できるのだ。


鉄路を通った何台もの列車。そのなかに乗り
合わせたひとびと。また乗り合わせなかった
ひとびとを含めて、その世代世代を生かされ
て生きているということが如実に身に応えて
分かるようになっている。列車が来て鉄路を
打ち、またおおきくカーヴして過ぎてゆく。

ポエム 地獄の記録

地獄の記録


磁気嵐のなかを歩いた。磁気嵐のなかでおれ
は方向をとれなかった。どちらに進んでよい
のか分からなくなっていた。磁気嵐のなかで
しばらくの間、立ち止まらなければならなか
った。放電する磁気嵐のなかで、耐えねばな
らなかった。服のなかに頭を隠したまま、う
つ伏せに横たわっていた。


仲間との通信も取れなかった。おれはまった
く孤立した。死がそこまでやって来ているよ
うに思われたが、おれはそれを楽しんだ。生
きるか死ぬかは誰にも分からないのだ。おれ
は生に賭けるしかなかった。死んでも悔いは
なかった。過ぎ去った時間はここにはない。
どうして後悔することがあるだろうか。


おれが試したのは磁気嵐と闘うことではなか
った。その現象を克明に身心に記憶させるこ
とだった。自身の身心を一冊のノートにした。
ひとつの地獄を極楽に変えるために、おれは
まず地獄の法則を記録した。身体のあちこち
が痛んだが、心は次第に動じなくなっていっ
た。むしろ痛みとともに生きたと言ったほう
がよいかもしれない。恐怖ではなく恐怖心に
耐えることを覚えたのだ。


どんな地獄もひとつの法則性があるのだ。そ
の法則性を知れば、痛みに耐える耐え方も分
かって来る。おれは今でもその法則性のなか
で生きていると、おまえに伝えることができ
る。それを文字化するのもここでの法則性の
ひとつである。遠くで女の子の歌声が聞こえ
る。地獄をも楽しむ、これがおれというノー
トに記録した言葉だ。

ポエム 信じる力

信じる力
──善を思わず悪を思わず  『六祖壇教』


ひとりが苦しんでいるとき、そのひとりを信
じて手を差し伸べる。ただひとりとただひと
りになって、ただひとりを救う。いのちの力。
内なる静けさをとりもどさせるために。


本来、神仏の力でないものは何ひとつない。
さかしら心のみがそこから外れる。生死のみ
がきちんとあって、そのほかに何もないこと
を知れば、苦悩することなど何もないのだ。
私という心を離脱すれば、神仏でないものは
何ひとつない。


今があるというのはそういう時だ。いつ死ん
でもおかしくない生という艱難のなかを歩み
つづける。逆巻く向かい風のなかを進む。本
来はひとつの水が、われわれという革袋のな
かでひとりひとりを分け隔てているだけなの
だ。


そこには信じる力のほかに何も要らない。脳
髄のなかにある対立、それをふたつながらに
消してしまう。それを消せないのはみずから
に執着しているからだ。みずからのこころに
隷属しているからだ。ひとりとひとりを分け
隔てる水を撥無するとき、ただひとりがただ
ひとりを救うのだ。