時間の蛇

時間の蛇


力を嵩にきて、卑劣な脳髄を持つもの。群猿
の王。その王の見えない杖。その杖に捲きつ
いた時間の蛇。時間の蛇はらせん状に、しか
し容赦なく群猿の王を滅ぼす。生死ともに時
間の恩寵なのだ。 時間の蛇が支配する世界。


群猿の王。蒼いそ の脳髄で、未来に餌を置い
ている。目的化す る手段。偽りの口実。罠に
かかっているとも 知らずに、すでに罠にかか
っている群猿の王。 本来、生に目的などはな
いのだ。ならば、手 段もかりそめのものなの
か。


目的化する手段。群猿の王の首を刎ねる。世
界の顛倒は汗まみれの蒼い脳髄だ。杖をふっ
て時間の蛇を叩きおとしても同じことだ。時
間の蛇は何処にでもいて、われわれは時間に
計られている。 しかし時間の蛇もまた脳髄の
所産なのだ。わ れわれが頭をからにするとき、
時間の蛇は石 化する。それではじめて時間の
蛇を支配する ことができるのだ。見えない杖
の石化した時 間。杖をふるって、その時間を
叩き壊す。杖 をつたわって永遠の火が落ちて
ゆく。

ポエム 荒地

荒地

季節はなくなりはじめていた。高層ビルが林
立するなかに、見えない荒地がわれわれの心
を侵蝕する。たとえばそれは車の排気音から
始まった。地階を歩く早朝の孤独な足音。そ
れともわれわれの盲目がひどくなったのか。
見えない密室に隠されてゆく老人や病人それ
に屍。しずかに配られる紙幣。暗渠に流れこ
む透明な汚水。避難民キャンプの薬物実験。
奪われる臓器。稚拙化する感情。短絡な行為。
建物が美しく見えるのみで、何も変わってい
ないこの地上。荒地。浮かびあがるほど軽く
なった老人の威厳と忘れられたおのれの死。


まるで何もなかったように一日が明けた。列
車が鼓動のように規則正しく走った。おれが
知っていた地球は急速に年老いた。世界が均
衡を取り戻そうと紙幣の密度を高めた。狂っ
たトラックが走り抜けていった。時間は歪ん
でいた。世界の柱は真直ぐに立っていなかっ
た。詩はいかにして屹立するのか。詩もまた
荒地にあった。あらたなる言葉の焦土。おの
れの内面を外部の物事に擬えてゆく。あえて
敷衍すると、詩の謀叛とは目立つことのない
その足もとの雑草のようなものだ。

言葉よ、野草のしなやかな屹立を模倣せよ。
誠実に言葉を伝えようとするとき、そこには
ゆたかな飲める水が零れおち、踏みしだく青
草はさらに青くなるのだ。直土にそって低く
葉をひろげて露霜にも耐えるのだ。言葉の羅
列だけが見える瀝青の道路のわきからも、地
上をうがつのだ。皮膚を切る具体的なカミソ
リ草の葉のように風にその葉を戦がせよ。青
くさい言葉におのれの血をにじませよ。そこ
に一本の川と川原石とを呼んで来い。そこで
寒さに耐える火を起こせ。その火に映りだす
顔たちのうちで穏やかに言葉を発せよ。あざ
やかに低くとよもす光を発せよ。