再会
再会
夜の満員電車のなかで、かれのボタンに毛糸
の紐が引っかかった。彼女の手袋の紐だった。
彼女はその駅で降りようとしていたので、仕
方なく、かれも降りることになった。かれは
彼女を見て、驚いた。彼女も同様だった。三
十年も昔に別れた恋人だった。
顔を見合わせ、お互いに黙りこんだ。かれが
何 から話そうかと、思案しているときに、や
はり
彼女から言葉が出た。わたし、老けたで
しょ。
彼女の言葉とともに白い息が立ちのぼ
って、風
に吹かれて消えた。寒いから喫茶店
でも、かれ
が誘った。ふたりは紐を外しなが
ら、駅の階段
を下りていった。
喫茶店でふたりはコートを脱ぎ、彼女は両手を
こすりながら、ホットコーヒーを頼んだ。かれ
はアイスコーヒーを頼んだ。あいかわらずねと
彼女が笑った。かれは少し前に、離婚したこと
を話した。彼女は、それでわたしはどうしたら
いいのと訊いた。わたしは独身なのよ。恋はた
くさんしたけどね。
最後に見かけたのも電車のなかだった。やけに
空いた電車のちょうど前の席に、彼女とその友
達が乗っていた。彼女の友達が、かれのことを
話したが、彼女は恥ずかしそうに、少しさびし
そうに下を向いていた。彼女は最後まで視線を
そらした。かれは彼女に何か話しかけたかった。
できれば、謝りたかった。
ふたりが若くて何も知らなかったことについて、
いまはふたりともよく分かっていた。昔は本当
に馬鹿なことをしたねとかれが言った。そうね、
と彼女が相槌を打った。何か昔の友達のこと
を
話して、突然、言葉が途切れた。彼女はさ
っと
涙を手で拭いた。かれも言葉に詰まった。
これ、
おれの携帯番号なんだけどとかれは、
メモを渡
した。彼女は黙ったままだった。か
れは席を立
ち、コートを羽織った。掛かって
くるまでいつ
までも待ってるからねと、まだ
涙をこらえてい
る彼女に言った。彼女はちい
さくうなづいた。
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。